category: ダンマパダを読む(2015年2017年)  1/6

第一章 ひと組みずつ

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1 ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも汚れた心で話したり行ったりするならば、苦しみはその人につき従う。──車をひく(牛)の足跡に車輪がついて行くように。2 ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも清らかな心で話したり行ったりするならば、福楽はその人につき従う。──影がそのからだから離れないように。[真理のことば(ダンマパダ)中村 元訳 ]ダンマパダは...

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第一章 ひと組みずつ

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3 「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」という思いをいだく人には、怨みはついに息(ヤ)むことがない。4 「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」という思いをいだかない人には、ついに怨みが息む。5 実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨...

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第一章 ひと組みずつ

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6 「われらは、ここにあって死ぬはずのものである」と覚悟をしよう。──このことわりを他の人々は知っていない。しかし、このことわりを知る人々があれば、争いはしずまる。[真理のことば(ダンマパダ)中村 元訳 ]死を知ることこそ真の生きる意味を知ることになる。ツマラナイ争いなどしているヒマなどはないのだよ。人生は自分が思っているより短い。2015/10/21注:この記事は右のカテゴリ(ダンマパダ)の中にある過去の記事を新...

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第一章 ひと組みずつ

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15 悪いことをした人は、この世で憂え、来世でも憂え、ふたつのところで共に憂える。かれは、自分の行為が汚れているのを見て、憂え、悩む。16 善いことをした人は、この世で喜び、来世でも喜び、ふたつのところで共に喜ぶ。かれは、自分の行為が淨らかなのを見て、喜び、楽しむ。17 悪いことをなす者は、この世で悔いに悩み、来世でも悔いに悩み、ふたつのところで悔いに悩む。「わたくしは悪いことをしました」といって悔いに悩...

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第三章 心

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33 心は、動揺し、ざわめき、護り難く、制し難い。英知ある人はこれを直くする。──弓師が矢の弦を直くするように。35 心は、捉え難く、軽々とざわめき、欲するままにおもむく。その心をおさめることは善いことである。心をおさめたならば、安楽をもたらす。36 心は、極めて見難く、極めて微妙であり、欲するがままにおもむく。英知ある人は心を守れかし。心を守ったならば、安楽をもたらす。37 心は遠くに行き、独り動き、形体なく...

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第三章 心

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42 憎む人が憎む人にたいし、怨む人が怨む人にたいして、どのようなことをしようとも、邪(よこしま)なことをめざしている心はそれよりもひどいことをする。[真理のことば(ダンマパダ)中村 元訳 ]憎み恨みを持つものは、自分が恨み憎むよりもひどいことを自分にする。それゆえ憎み恨みを捨て去れ。とても困難なことではあるが。2015/10/24注:この記事は右のカテゴリ(ダンマパダ)の中にある過去の記事を新たな自分のコメント...

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第四章 花にちなんで

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46 この身は泡沫(ウタカタ)のごとくであると知り、かげろうのようなはかない本性のものであると、さとったならば、悪魔の花の矢を断ち切って、死王に見られないところへいくであろう。48 花を摘むのに夢中になっている人が、未だ望みを果たさないうちに、死神がかれを征服する。53 うず高く花を集めて多くの華鬘(ハナカザリ)をつくるように、人として生まれまた死ぬべきであるならば、多くの善いことをなせ。[真理のことば(ダンマパダ)中...

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第四章 花にちなんで

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50 他人の過失を見るなかれ。他人のしたこととしなかったことを見るな。ただ自分のしたこととしなかったこととだけを見よ。[真理のことば(ダンマパダ)中村 元訳 ]とても重要かつ真理の教え。とても難しいことなのだが。2015/10/26注:この記事は右のカテゴリ(ダンマパダ)の中にある過去の記事を新たな自分のコメントを加え、再投稿するものです。真にこの世に重要なのは「自分の行動と言葉、思考」だけだと思うのです。それが...

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第五章 愚かな人

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63 もしも愚者がみずから愚であると考えれば、すなわち賢者である。愚者でありながら、しかもみずから賢者だと思う者こそ、「愚者」だと言われる。[真理のことば(ダンマパダ)中村 元訳 ]愚者ほど愚者であることを否定し、賢者であると見せたがる。本当の賢者は愚者と言われようが賢者と言われようがそれらの言葉に執着しない。2015/10/28注:この記事は右のカテゴリ(ダンマパダ)の中にある過去の記事を新たな自分のコメントを...

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第五章 愚かな人

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69 愚かな者は、悪いことを行っても、その報いの現われないあいだは、それを蜜のように思いなす。しかしその罪の報いの現れたときには、苦悩を受ける。71 悪事をしても、その業(カルマ)は、しぼり立ての牛乳のように、すぐに固まることはない。(徐々に固まって熟する。)その業は、灰に覆われた火のように、(徐々に)燃えて悩ましながら、愚者につきまとう。72 愚かな者に念慮(オモイ)が生じても、ついにかれには不利なことになってしま...

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