第九章 悪

127 大空の中にいても、大海の中にいても、山の中の奥深いところに入っても、およそ世界のどこにいても、悪業から脱れることのできる場所は無い。

128 大空の中にいても、大海の中にいても、山の中の洞窟に入っても、およそ世界のどこにいても、死の脅威のない場所は無い。

126 或る人々は[人の]胎に宿り、悪をなした者どもは地獄に墜ち、行ないの良い人々は天におもむき、汚れの無い人々は全き安らぎに入る。

[真理のことば(ダンマパダ)中村 元訳 ]


この世に悪の及ばない場所はない。そして死の脅威から解放される場所もない。ゆえに悪を遠ざけ、死に備えれば何も怖いことはない。悪をなし悪の報復を恐れるよりは、善をなし善の報酬を待つ方がたのしい。2015/11/16


注:この記事は右のカテゴリ(ダンマパダ)の中にある過去の記事を新たな自分のコメントを加え、再投稿するものです。



この世において「悪」のない場所はないし、「死」のない場所もない。

ヒーローがいくら「悪の栄えたためしはない」と言っても、悪は善と同じだけある。なぜなら、善悪は表裏一体だからだ。(「生と死」も表裏一体)

だから「死」も「悪」も滅びない。



多分、DNAを操作しても、IPS細胞やES細胞を用いて人間のパーツを交換できるようになったとしても、「死」も「悪」も滅びないだろう。



仮にもしも不死身になった人がいるならそれは「地獄へ落ちた人そのもの」ではないだろうか?

「死んでも死なない」、「死のうとしても死ねない」それが永遠に続くのである。

永遠の命とは自分の時間が止まるのと同じことである。永遠に止まった時間が自分に続くとしたならそれは苦痛そのものではないだろうか?と私は思うのです。2017/9/18


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