第十一章 老いること

152 学ぶことの少ない人は、牛のように老いる。かれの肉は増えるが、かれの知慧は増えない。

155 若い時に、財を獲ることなく、清らかな行ないをまもらないならば、魚のいなくなった池にいる白鷺のように、痩せて滅びてしまう。

156 若い時に、財を獲ることなく、清らかな行ないをまもらないならば、壊れた弓のようによこたわる。──昔のことばかり思い出してかこちながら。

[真理のことば(ダンマパダ)中村 元訳 ]



ただ、長生きすればいいのか?その中身に何もなくても。この世に生まれる意味とは何だろうか?2015/11/21


注:この記事は右のカテゴリ(ダンマパダ)の中にある過去の記事を新たな自分のコメントを加え、再投稿するものです。



「老い」と「死」を考えると、行きつく先は「生きている意味、生まれてくる意味」にたどり着くと思うのです。

これは私の長らくのテーマでもあったわけですが、最近は少し結果が見えた気がします。

それは気だけかもしれないのだけど、バラバラだったパーツの一つ一つが組み合って全体像が見えてきた感覚です。

「死とは何か?」から始まって「生まれてくる意味」まで遡ってきたのだけど、それは例えるのなら鮭が生まれた川に戻ってくるようなものでしょうか。

こういうと「何を偉そうにわかったふりをしやがって」と言う人もいるでしょう。

それはそれでかまわないのです。

あなたは「あなたの生まれてきた意味」があるのと同様、私にも「私の生まれてきた理由」があるのです。

それはたぶん各々違っていて、言うなればすべての人が違うわけです。

「同じものなど一つもない。」「同じである必要もない。」

しかし、中には「同じである」ことに価値を見出す人もいるでしょう。それはそれでいいのです。それがあなたの「生まれてきた理由」でもあるわけですから。


ただ、私は私の考えを示しただけです。それを押し付けるつもりもありませんし、押し付けても意味がありません。

人は各々違う目的をもって生まれてくるのだと思うのです。だから、自分の思ったことを他人に押し付けても意味がないのです。

そう考えれば、「他人を批判すること」にも意味がないことに気が付くでしょう。


「他人は自分の鏡」ともいわれることもあります。「他人の行為のすべての要素が自分にも含まれている」と考え、その行為をどのように自分に還元するか?は自分次第でもあります。


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