本質

人に本当に必要なものとは何だろう?




この答えを究極的に考えるなら、もしも「今日1日だけの命と知ったなら」を考えてみるとよい。(あくまで究極的な考え方だが。)




今日1日だけの命と知ったならあなたはその一日で何をするだろうか?何を求めるだろうか?




私なら



「日向ぼっこでもしながら、お茶を飲み、甘い物でもつまみながらゆったりと過ごせたらいい。」



その時にはお金や権力、権威は無力だ。それに何の意味もない。




「できるなら信頼しあえる家族や仲間と笑顔で語り合いたい」



もはや怒りや嫉妬、おごりや罪も必要ない。それに何の必要があろう?




逆に見送る人の立場に立とう。



「今日1日だけの命と知った人」に何を求めようか?



何も求めることなく、ただ心優しく、思いやり、安楽で安らかさを思うだろう。怒ることなく、言葉を荒げることなく、微笑むだろう。





これらが本質なるものだ。それこそ、覚者の教えである。




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