あなたは何のために今を生きているのか?

「あなたは何のために今を生きているのか?」

即答できる人がいるなら、その人は幸いだ。その人は確信をもって今の自分を生きているからだ。

もしも即答できず、答えが見つからないひとがいるなら、その人は今を不安の中に生きている人かもしれない。



「人は何のために生まれ、何のために生き、何のために死ぬのか?」という本質的な核心でなくてもよい。



「あなたは何のために今を生きているのか?」



答えは「家族のため」であってもよい。「自分の好きなことをするため」でもよい。どんな小さなことでも「私はこのために今を生きていている」といえるなら、その人は強く生きられるだろう。そしてどんな困難に遭遇してもそれに立ち向かう勇気と克服する努力を持ち合わせているはずだ。

逆説的に「今が不安でたまらない」のは「あなたが今を何のために生きているのか?」を考えられていないからかもしれない。



「あなたは何のために今を生きているのか?」



考えればすぐに浮かぶだろう。しかし、考えなければ浮かばないものなのだ。

それは幸福と同じである。

幸福は無限にこの世に散らばっている。しかし自分が見ようとしないと見えないものなのだ。


もしも考えて答えを導きだせたなら不安は消えるだろう。なぜならあなたにはもう生きる理由ができたからだ。




「あなたは何のために今を生きているのか?」

即答できる人は幸いである。





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2 Comments

風子  

No title

さすが!…です。
『質素でエコなひとり暮らし』
これを実践する人ですもの。

『1日1食で暮らしています』
これは見習いたいと思いつつ、
未だ実践できません(´-﹏-`;)
できないのではない。
やる気がないと、叱られそうですが。

2017/02/05 (Sun) 07:33 | REPLY |   

ひまわり  

風子さん

さすがかどうかわかりませんが、本質を知ろうとすると結果、見えなかったものがいろいろなものが見えてきますね。それが正解かどうかは分かりませんが。

1日1食は私が引きこもりですから、カロリー制限のためでもあるだけです。エコだしお金もかからないし命が救われるしで修行の一種?のエンターテインメントだと考えれば実に有意義な行為だと思います。w でも、よく動く人はある程度食べたほうがいいかもしれません。

ただ、経験的におなかが空いたら食べるというのはただの習慣だと思うのです。おなかが空いても食べない習慣がつけば食べなくても済むようになりますよ。たまにどうしても食べたい時もありますからそういう時は食べればいいだけです。w

個人的には「食事は命をいただく行為」と思うようになってから1日3食の絶対主義に疑問を持つようになりました。それに私は一回当たりの量を減らすのが苦手ですから、食事の回数制限のほうが受け入れやすかったです。慣れればそれほど苦ではないですよ。

2017/02/05 (Sun) 08:47 | REPLY |   

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