不食

不食をしているから素晴らしいのではない。

ただ意味もなく不食をしているのなら、そこになんの思想もないではないか。



人は食さなければ(普通は)生きてゆけない。



しかし、私が飽食を制することで確実に犠牲なる命がすくなくなるのだから飽食を制しよう。

そして、虐待されながら飼育される動物たちが減るように、肉食を減らそう。

殺され肉にされる動物が減れば、餌にされる植物も無駄に浪費されず、世界の飢餓も収まるのだ。


ただ、そう考えるだけで不食になるよりなんと素晴らしいことか。



不食になる必要はない。



ただ、皆が犠牲になる命のことを考えられるようになるだけでよいのだ。


すべての生命は人と同じように幸福に暮らす権利をもっている。



欲の深い私にはとても難しいことなのだが。

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2 Comments

ぴん  

No title

日本も江戸時代まではそうでしたねぇ。
動物がかわいそうだから食べないという思想。
でも明治から西洋の思想が入ってきて食べるようになりましたね。
明治からは人は何だかモラルを失ってしまったように思います。
自制することを忘れただ欲望のために生きるのが正しいという
思想になったように思います。
確かに当時は西洋列強に植民地にされないようなりふり構わず
頑張っていく必要があったのかもしれませんが、
でも今は今一度過去を振り返って過去に立ち戻る必要があるので
ないかと思いますね。

2017/04/18 (Tue) 10:59 | REPLY |   

ひまわり  

ぴんさん、こんにちは。

日本は古くから仏教の影響が大きかったですからね。

西洋思想は根本に聖書由来の「人間の支配」がありますから他の命を下に見ますが、仏教は同じ命という思想です。

それが明治以降、特に戦後、米国の支配下に置かれてからは完全に壊されました。その結果が今の日本です。

残念ですね。

それでも長い歴史の中にしみ込んだ仏教精神のDNAはまだ見受けられるのが幸いではあります。それらが再度開花するといいのですがね。

2017/04/18 (Tue) 12:34 | REPLY |   

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