私の時間論

「時間は存在しない」と言ったら、「あなたは病院に行く必要がある」と言われるかもしれない。

しかし、私は真剣に時間は存在しないと思っている。

でも、「現実に時計は止まることなく動いているし、過去から未来へと現実は動いているではないか」と言われるかもしれない。

しかし、時計の基準は人間の定めた一定周波の間隔を表示しているにすぎず、過去から未来へと流れているかのように錯覚しているものは実は今の累積に過ぎない。

例えるなら、映画のフィルムであり、パラパラ漫画である。

私たちは映画のフィルムの中に存在する主人公である。1本のフィルムは主人公の一生である。フィルムは映写機が動き出すことで映画(主人公の人生)は始まる。銀幕には誕生から死までの主人公の成り行きが映し出され、主人公が生き生きと過去から未来へと動いている。まさにそこには時間があるではないか!

しかし、思い出してほしい。映画のフィルムのコマ(1つ1つの画像)には時間のつながり(連続性)がないのだ。つまり、今映し出されている映像は1コマ1コマ独立した場面(今)の連続(蓄積)でしかないということだ。これが私の思う「時間」の正体だ。

まとめてみよう。

「時間」は存在しない。あるのは今の蓄積である。しかし、それは一定の方向性を持つ。

一定の方向性とは。映画のフィルムの再生の向きである。始まりから終わりへ向かう再生方向を意味する。この一定の方向性は他の次元ではこの世とは違うだろう。つまり、未来から過去へ流れる次元もあるかもしれない。

では次元とは何か?

映画に当てはめるのなら、違う映写機で映し出される映画あるいは違う映画館とでも言えようか。同時上映されている映画が違う映写機では巻き戻している最中かもしれない。あるいはスローで、時に高速でテスト上映されているかもしれない。これらが異次元である。

そこではいわゆる時間の流れはこの世とは違うだろう。先の映画のようにスローかもしれないし、高速、あるいは逆回転しているかもしれない。

しかし、どれも映写機から外したフィルムにあるのは一コマ一コマそれぞれが独立した画像だけである。これが映写機によって連続的に一定方向に動かされることによって銀幕に映る画像が動いているように見える(いわゆる時間)のである。

これが私の考える時間の正体である。



これらの考えから派生するタイムトラベルやパラレルワールドについての私の考えはまた機会があれば話題にしようと思う。


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2 Comments

風子  

お見事!

おっしゃる通りだと思います。
お見事、としか言えないほど……((´∀`*))
エコな日常に、スパイスのような記事、楽しみにしています。(*^▽^*)

2017/07/14 (Fri) 09:35 | REPLY |   

ひまわり  

Re: お見事!

風子さん

賛同ありがとうございます。

まあ、合っているかは知りませんが。www


2017/07/14 (Fri) 10:47 | REPLY |   

コメント