人間の人間たる所以(導入編)

すごく単純なことなのになかなか解けない問題が「人間の人間たる所以」なのです。

これは必ずしも解かなくてもいい問題ではあると思うのです。

これを科学的読み解こうとすれば必ず壁にぶち当たると思うのです。

そもそも、原人がアフリカで生まれて、それが各地に散らばったというのが定説になっているのだけど、これはどうなんでしょうね?

私はかなり近い未来に覆される可能性があると思うのです。といっても私が生きてるうちにあるかどうかくらいな感じではあると思うのですが。

そもそも原人への直系サルの原種は見つかっているのでしょうかね?突然原人が現れるわけはありませんから、当然猿人の先祖のサルがいるはずなのですが、それはたぶん不明(進化の空白期)だと思うのです。これはDNA鑑定から可能性のあるものは見つけられるとは思うのですが個人的には解明は無理じゃないかな?と思っています。

これが何を意味するかということになると、途方もない物語が浮かんでは来るのだけど今回はやめにしましょう。




で、本題の「人間の人間たる所以」とは何か?

そもそも「人間とは何なのか?」ということさえ、普通に生活をしていると考えないことではあると思うのです。

まあ、私の場合は暇ですし、ライフワークとして「真理の追究」をしてきたこともあり、そんなつまらない事を考えたりするわけです。

もっとも「そんなつまらないこと考えるより働けよ」と言われそうですが、ごもっともです。www



そんなこんなで、「なんで人間は死ぬために生まれてくるのか?」とか「死んだらどこへ行くのか?」とか「生きる意味って何だろう?」とか、全くもって一文の得にもならない疑問に対して自分なりに答えを考えてきました。

これらの答えは正解かどうかはわかりませんが少なくとも私なりの答えが出たのです。




で、「死んだらどこへ行くのよ?」という問いに対しては凡人の私には絶対わからないのです。もちろん何かの能力のある人はわかっているのかもしれません。それはそれでいいのですが、そのことが本当かどうかは死んでみないとわからないのです。

でも逆に言うと死んだらすべてがわかるのです。生まれてきたものすべては必ず死ぬ運命にあります。つまり「死んだらどうなるのか?」を考えることに意味がないことに私は気が付いたのです。(当たり前かな?)

これは例えるなら、中学生が「高校生とはどんなだろう」と言っていつも考えていて、中学時代にすべきことを何もしないようなものです。そんな人を見てあなたはどう思うでしょうか?

「高校生になったときの心配なんかしないで今、中学生でできること、やりたい事、やるべきことをしなさい。」そう、言うでしょう。これと同じだと思うのです。

「生きること」とはすなわち「死へと向かうこと」でもあるわけなのだけど、死があることに「恐怖する」のではなく、「今を生きること」こそ「生まれてきた意味」だと私は思ったのです。

死は必ず訪れます。それは突然、前触れもなく訪れる可能性もあるわけです。その時になって後悔をしても遅いのです。だから日ごろから1日1日を後悔のない生き方をすべきだと私は思うのです。それは「生きる意味」につながると私は思うのです。

だから私は「今を後悔なく生き、いつ死んでもいいような生き方」を実践したいと思っているわけです。




で、本題の「人間の人間たる所以」とは何か?についてはまたの機会に書くとしましょう。www





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