徳を天に積む

曇り

ゴミ出し日。

内職部屋は7.8℃。あまり寒くない。

今日も5時起床と早起きしました。いい感じに年寄りモードに入っています。w




先日から気になっていた自販機の横に置いてある誰かが捨て放置されたコンビニ弁当のパックとペットボトル。

ゴミをゴミ箱以外に捨てるというのは「自分の徳を捨てる」というのと同じだと思うのです。

ごみを捨てるのは「環境に悪い」のではなく、「自分の心が汚れる」からしてはいけない。こう教えるべきだと私は思うのです。(そういう教育をしないからいけない。捨てる方も悪いが、教育をしない方も悪いのです。)

そして、捨てられたゴミは、わざわざ自分の持っている「徳」を捨てたものですから、言い換えれば「徳」そのものなのです。

つまり捨てられたゴミを拾うことは「捨てられた徳」を拾うようなものです。


ということで、今日は捨てられたゴミも一緒にゴミ袋に入れてゴミ出ししました。

これで私の陰徳がまた一つ積み重なったわけです。徳を捨ててくれた人、ありがとう。



イエスも言っています。「徳(富)を天に積みなさい」と。(富は「神への信仰」と訳されますが真理から見るとこの富とは「徳」であると私は思うのです。)



「ゴミを捨てるのは悪いこと」ではなくて「自分の徳を捨てること」だからしてはいけないのです。

掃除をするときれいになるからやるのではなく、「自分の心を磨くため」だからやるのです。

心が磨かれ徳を得た結果、心がキレイになり、ついでに環境もキレイになるのです。



こう考えると普段の掃除の役割、ゴミを捨てないことや拾うことの本当の意味が理解できるでしょう。逆にゴミ屋敷の住人の心も読むことができるでしょう。このようにつまらないことでも本質を見極めるのが真理の生き方だと思うのです。


朝から濃い~い話になってしまいました。(・ω<)てへ



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