【 第一 蛇の章 】  3 犀(さい)の角  <2>

56 貪ることなく、詐ることなく、渇望することなく、(見せかけで)覆うことなく、濁りと迷妄とを除き去り、全世界において妄執のないものとなって、犀の角のようにただ独り歩め。

61 「これは執著である。ここは楽しみは少し、快い味わいも少くて、苦しみが多い。これは魚を釣る釣り針である」と知って、賢者は、犀の角のようにただ独り歩め。

65 諸々の味を貪ることなく、えり好みすることなく、他人を養うことなく、戸ごとに食を乞い、家々に心をつなぐことなく、犀の角のようにただ独り歩め。

68 最高の目的を達成するために努力策励し、こころが怯むことなく、行いに怠ることなく、堅固な活動をなし、体力と智力とを具え、犀の角のようにただ独り歩め。

73 慈しみと平静とあわれみと解脱と喜びとを時に応じて修め、世間すべてに背くことなく、犀の角のようにただ独り歩め。

74 貪欲と嫌悪と迷妄とを捨て、結び目を破り、命の失うのを恐れることなく、犀の角のようにただ独り歩め。

[ブッダのことば(スッタニパータ)中村 元訳]




下記は 3 犀(さい)の角 の最後の文章です。

75 今の人々は自分の利益のために、交わりを結び、また他人に奉仕する。今日、利益をめざさない友は、得がたい。自分の利益のみを知る人間は、きたならしい。犀の角のようにただ独り歩め。



この「当時の今の人々」も「2018年の今の人々」もぜんぜん変わらないですね。今でも「利益をめざさない友は得がたい。」ですし、「自分の利益のみを知る人間」は相変わらずきたならしい行いを平気でします。

まあ、最後の文章だけ少し異質なので、もしかしたら後から付け足されたものかもしれませんけどね。(私の勝手な憶測ですが)

それでも昔(スッタニパータを編纂された時代)からそのようなことが言われ続けて現在に至るわけで、「人間なんて今も昔も大して変わりない」という私の考えの元にもなっています。(*´σー`)エヘヘ


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