【 第一 蛇の章 】 4 田を耕すバーラドブァージャ

先の【 第一 蛇の章 】 4 田を耕すバーラドブァージャ の続きです。


関連記事:【 第一 蛇の章 】 4 田を耕すバーラドブァージャ


そこで田を耕すバラモン・バーラドヴァーシャはその乳粥を生物のいない水の中にうずめた。

さてその乳粥は、水の中に投げ棄てられると、チッチタ、チッチタと音を立てて、大いに湯煙りを立てた。譬えば終日日に曝されて熱せられた鋤先を水の中に入れると、チッチタ、チッチタと音を立て、大いに湯煙りを出すように、その乳粥は、水の中に投げ棄てられると、チッチタ、チッチタと音を立て、大いに湯煙りを出した。

 そのとき田を耕すバラモン・バーラドヴァーシャは恐れおののいて、身の毛がよだち、師(ブッダ)のもとに近づいた。そうして師の両足に頭を伏せて、礼拝してから、師にいった、

──「すばらしいことです、ゴータマさま。すばらしいことです、ゴータマさま。譬えば倒れた者を起こすように、覆われたものを聞くように、方向に迷った者に道を示すように、あるいは『眼ある人々は色やかたちを見るであろう』といって暗闇の中で灯火をかかげるように、ゴータマさまは種々のしかたで真理を明らかにされました。故にわたくしはここにゴータマさまに帰依します。また真理と修行僧のつどいに帰依します。わたしはゴータマさまのもとで出家し、完全な戒律(具足戒)をうけましょう。」

そこで田を耕すバラモン・バーラドヴァーシャは、師(ブッダ)のもとで出家し、完全な戒律を受けた。それからまもなく、このバラモン・バーラドヴァーシャさんは独りで他の人々から遠ざかり、怠ることなく精励し専心していたが、まもなく、無上の清らかな行いの究極──諸々の立派な人たち(善男子)はそれを得るために正しく家を出て家なき状態に赴いたのであるが──を現世においてみずからさとり、証、具現して、日を送った。「生まれることは尽きた。清らかな行いはすでに完成した。なすべきことをなしおえたた。もはや再びこのような生存を受けることはない。」

とさとった。そうしてバーラドヴァーシャさんは聖者の一人となった。

[ブッダのことば(スッタニパータ)中村 元訳]



水中に捨てた乳粥が音を建てて湯煙まで上げるとは尋常ではありません。

恐れおののいて、身の毛がよだちながらバーラドヴァーシャはお釈迦様に帰依します。そうして、お釈迦様の教えを実践し、聖者の一人になったというお話でした。

この手のお話(奇跡)は神聖化された人物にありがちですが、大海原を割いて人々を導いたモーセさんに比べたらかなり小さな現象ですね。もっとも、ほかのお話では雨を降らせたり、雷を鳴らしたり、地響きを鳴らしたりはしますけどね。( *´艸`)

こういう素朴な表現を見るとこのスッタニパータが起源の古い経典であるのがわかります。もっとも、西洋の思想とは違って東洋思想は派手な演出を必要としないものですから当然とも言えますけどね。


関連記事



いつもポチっと、ありがとうございます♪v(^∇^*)/^☆

にほんブログ村 その他生活ブログ 明るい貧乏生活へ


0 Comments

コメント