いわゆる世間の「愛」や「恋」は一時の「感情の高揚」です。

こういうと夢も希望もないと言われるかもしれません。

しかし、世間で言う「愛」や「恋」は一時の「感情の高揚」です。

だから、冷めるのです。



恋が典型的な「感情の高揚」なのは大人なら理解できるでしょう。

でも、「愛」も一時の「感情の高揚」では納得がいかないでしょうか?


誤解のないように言っておきますが、この愛はあくまで「世間一般的な愛」を意味します。



そんなバカな!と思われるでしょうか?

では、なぜ、愛を誓い合ったはずの結ばれた2人に決別が生じるのでしょうか?(典型的なのが離婚です。)



愛しあったはずの二人が再び分かれるのは、その愛が一時の「感情の高揚」であったからです。それ以外に何の理由がありましょうか?




「本当の愛」とは自己犠牲の行動を伴うものです。

この認識がない愛はただの一時の「感情の高揚」だけです。例えるなら「恋の大きなもの」



さあ、こう正しく認識できれば、相手が「本当の愛」を、私が「本当に愛している」のかが分かるはずです。


かといって「打算の愛」を私は否定するわけではありません。


打算の愛を今のあなたが求めるなら、それがあなたの人生に必要だからです。


人生とはひとりひとりが主人公です。


あなたが望むものが、あなたに必要なものであるのです


理解できるできるでしょうか?

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