過去にしがみつくのはつまらない。

過去の栄光だの、若かりし頃の思い出だの興味がありません。


過ぎ去った時間に幸福を覚える人は今を本当に幸福に生きられるのでしょうか?

過去にしがみつくことは「今を惰性で生きていること」と同じと言えるのではないでしょうか。




私は人生にとって一番大切なのは「今」であると考えています。



だから「過去」にとらわれるのはつまらないことだし、「未来」にただ悲観することは意味のないことだと考えます。

生きている「今」その時を栄光として過ごさないなら、「ただ時間を無駄に浪費しているだけの人生」と同じなんじゃないかな?とすら思うのです。




「過去と未来にとらわれず、今を最善に生きること」

そして逆説的にこれ(「今を最善に生きること」)を実現させるために過去と未来が存在するのではないかなと私は考えるわけです。



さらに言うなら「時間は過去から未来に流れている」ように(教育されて)感じますが、「この世に時間は存在しない」というのも私の考えです。



これは、過去から未来に流れている時間概念で「今」を観るのではなく、「今」を中心に人生の存在自体を考えることにつながるのです。「過去」とは「という自分の構成要素」であり、「未来」は「の自分が具現化されゆく先」なのです。

このように「」を中心に存在自体を俯瞰するなら、これまでの時間の概念に疑いを持つことになるでしょう。

時間とは自然に流れるものではなくて、「自分の今」が重なったものと認識できるはずです。



私は時間が伸びたり縮んだりする理論なんて知りませんが、そもそも「絶対的時間が存在しない」のだから時間が伸びたり縮んだりするのは観測者の観測の仕方次第じゃないの?そもそも光の速度が絶対速度じゃないんじゃないの?なんて空想したりもします。

こう言うと「この人は頭がおかしいのではないか?」と思われるかもしれませんが、それならそれでいいのです。私は自分の歩むべき人生を歩めばいいだけですから。




もちろん、そう思わない人はそれでもいいのです。それがその人の人生だからです。それを否定する気などありません。ただ私とは違う考えと生き方なんだなと思うだけです。



各々思う人生を生きるのがこの世の定めです。そしてそれがこの世の存在する意味でもあると私は思うわけです。



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2 Comments

しゅう  

こんばんは

こんばんは。

私とは正反対の意見が参考になったので、コメントしました。

時間に対する考え方って本当に千差万別ですよね。

「今を大切に思わない人」がまさに私です(笑)

私の場合は、“過去という時代があって、そんな過去に戻れる未来を求めるのが今”、という考えです。

今を良く思わないことで、未来に何が起きてもいいよというネガティブな耐性だとも思っています。

今が一番楽しいという人が、私にとって不可思議であると同時に、あこがれでもあります。

ポジティブに楽しんで今を生きている人たちが、私の思う過去の私にそっくりだからです。

いつか私も「今が最高!」と思えたなら、きたる未来にも納得がいくのかなと思います。

ものすごく過去にとらわれたコメントになってしまいました。

2019/07/10 (Wed) 21:31 | REPLY |   

ひまわり  

Re: こんばんは

しゅうさん、おはようございます。

もちろん正反対でもいいのです。それが「しゅうさんの望んでいる今の形」と私は解釈しています。それを経験するためにしゅうさんは生まれてきたのです。そして私の意見に触れて再度自分の形を確認しています。これがしゅうさんの今です。w



厳密?にいうと「時間」と言うか「時」への想いですかね。

たぶんこの「時」の見方は年齢を重ねると変化してくると思います。私もかつて過去への郷愁みたいなのがあった時期もありました。

> 今を良く思わないことで、未来に何が起きてもいいよというネガティブな耐性だとも思っています。

なるほど、未来への予防線ですか。それはたぶん若いからだと私は考えます。なぜなら、必ず未来があると思うからです。私もそうであったように若いときは明日があることを疑わないのです。それが若さの象徴でもあります。(例外の場合もありますが。w)

> ポジティブに楽しんで今を生きている人たちが、私の思う過去の私にそっくりだからです。

「ポジティブに楽しんで今を生きている人」は私の主張する「今をベストに生きる」とは少し違うと思います。もちろんそうである場合も多いですが、私の「今をベストに生きる」は楽観ではなく「今しか「時」はない」という思想から生じています。

〇「過去」=戻ることのない過ぎ去った「今」。過去という「時」は存在しない。(「今」が綴られた過去ファイル)

〇「今」=現在進行形で存在する「唯一の「時」」(現在進行形で綴られるファイル。綴ることが生きることだからこれが唯一の「時」と考える。)

〇「未来」=「今」によって形成される「先の今」。未来という「時」も存在しない。(白紙あるいはファイルさえも存在しないから「時」もない。)あるのは「時」ではなく「夢」かな。

わかりにくいですかね。(・ω<) テヘペロ


人生論的には、人は「なりたい自分にしかなれない」と私は思います。つまり今の自分が「(過去に)なりたかった本当の自分」の姿です。(これも面白い命題なのですけどね。)

これを理解できると「先の今(未来)になりたい自分」のすべきことは「今の自分にしかできない」ことが理解できるでしょう。

説明が下手くそかもしれませんがご参考になれば幸いです。

2019/07/11 (Thu) 11:48 | REPLY |   

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