反省反省、また反省の私なのでした。

ここ2日ほど夜にスッタニパータ(ブッタの言葉)を読んでいます。

スッタニパータの内容の概略はこちらを見るとわかります。→スッタニパータ


スッタニパータはダンマパダよりも修行僧に向けた言葉が多いので少々厳しい言葉が多いのだけど、やっぱり読むと日々を顧みて反省することが多いです。

ダンマパダの内容の概略はこちら→ダンマパダ



まあ、反省が多い理由と言うのはそもそも私の頭の記憶力が弱いので読んでも内容をすぐ忘れてしまうのが原因ではあるのだけど、そんな私でもスッタニパータやダンマパダを繰り返し読むことによって少しでも自己の前進を実現したいと思ってはいるのです。


ということでどれだけ読んだかをすぐ忘れてしまうので本を通読した日付を本の表表紙裏に記しています。

最初に記したのが2009年4月とあります。もう11年も前ですね。その4か月後、8月にまた読み返したようです。

それから数えること今回で9回目の通読になります。

今回は2018年9月以来の再読なので約2年ぶりですね。

2年ぶりの内容はまた新しい本を読むような感覚です。でも、初めて読むようなたどたどしい読解ではなく、(慣れた場所を久しぶりに訪れてもその地を足が自然と覚えているような)ある程度文章をすらすらと読めるのは何度も読み返した証なのでしょう。

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本自体も擦り切れるまで読む覚悟なので赤青の色鉛筆で気にいった文章にマークしたり、印をつけたりしています。

何度か読み返すうちに、最初の頃とは違った文章に惹かれたりするのは面白いですね。色鉛筆でマークしているからこそ分かる違いです。



すっかり内容は忘れてはいるものの、スッタニパータに書かれた文章が誰に向けたものかはすぐにわかります。

これは修行僧に向けたもの。これは在家信者に向けられたもの。これは教団がお釈迦様をブッタとして信仰の対象にしようと考えられたものとか、時代と場所など異なる文章が混在しているのがスッタニパータです。

まあそもそもスッタニパータの名前からして

「スッタ」(Sutta)はパーリ語で「経」の意[1]、「ニパータ」(Nipāta)は「集まり」の意、あわせて『経集』の意

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%8B%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%BF

いろいろなものが混在しているのです。


まあ、こんな話は興味がないと思いますが、私はこれからもこれらの本を繰り返し読んでゆくつもりなのです。

もしも興味がわいた方がいらっしゃるようなら、ダンマパダの訳本から入るのが良いと思います。



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スッタニパータ

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