第3 大いなる章

756 見よ、神々並びに世人は、非我なるものを我と思いなし、<名称と形態>(個体)に執著している。「これこそ真実である」と考えている。

757 或ものを、ああだろう、こうだろう、と考えても、そのものは異なったものとなる。何となれば、その(愚者の)その(考え)は虚妄なのである。過ぎ去るものは虚妄なるものであるから。

758 安らぎは虚妄ならざるものである。諸々の聖者はそれを真理であると知る。かれらは実に真理をさとるが故に、快をむさぼることなく平安に帰しているのである。

[ブッダのことば(スッタニパータ)中村 元訳]



この世のすべてのものは無常である。ゆえに物質的存在は虚妄なるものである。そのなかで安楽は虚妄ならざるものである。ゆえに、享楽に妄執せず、安楽を求めよ。


注:この記事は右のカテゴリ(スッタニパータ)の中にある過去の記事を新たな自分のコメントを加え、再投稿するものです。


「神々並びに世人」といきなり神々まで含めています。前から言っているように、解脱した存在、ブッタは神々さえ拝むのです。ここがブッタ思想の面白いところですね。ブッタは神々さえをも超えた存在なのです。

世界の神々を見てみると妄執に囚われているのがわかります。例外なく神という存在は欲や怒り、暴力、力で人々を支配しようとします。しかしブッタはそれをしません。

ブッタの思想に「無常」にあります。この世は無常ゆえに無常ではない「真の安楽(平安)」へ向かうべきというのが基本思想です。それは「外の力」(力や暴力)ではけして得られません。

それを得る唯一の方法は自分の内を見ることです。無常のこの世は虚妄であると教え、虚妄に囚われることなく、自らの内なる虚妄ならざる世界に安楽を観ようとするのです。

「内にあって外よりも広い世界を知る」

これがブッタ思想の根本であると私は思います。


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